情報の信頼性を電子的に証明する技術「VC(Verifiable Credentials)」の発行・管理基盤の開発に取り組む、TOPPAN株式会社。自分の情報を自分でコントロールできる社会の実現を目指し、UIの使いやすさを起点としたプロダクト開発を推進しています。Penguin Studioでは、UIデザインの設計からSDK開発まで、プロジェクト全体を通じて技術的・デザイン的な支援を行いました。今回は、TOPPAN株式会社 VRM推進部の山田英幸さん・黒田貴子さんと、Penguin Studioのプロジェクトメンバーである貫井・Sに、取り組みの詳細をうかがいました。
TOPPAN株式会社
情報ソリューションビジネスユニット
セキュアDX事業部 ID・認証サービス本部 VRM推進部
山田 英幸 さん
黒田 貴子 さん
「自分の情報を自分で管理する」時代へ
──そもそも、このプロジェクトはどのような背景から始まったのでしょうか。
山田(TOPPAN):私たちはVRM(Vendor Relationship Management)(※1)という概念のもと、生活者が自身のデータを管理・運用するための基盤を開発しています。「自分の情報を自分で管理する」という動きは、ヨーロッパを中心に世界的な潮流になっています。どのサービスに自分の情報を共有するかを自分で決められる社会にしていこう、という考え方です。
その中で、やり取りする情報を「電子的に証明する」必要が出てきました。それがVC(Verifiable Credentials)(※2)です。ただ、VCはまだ使われる機会が少ない。「どうすれば普及して、みんなで使えるようになるのか」という問いから、このプロジェクトが始まりました。

──VCとは、具体的にどのようなものですか。
山田:例えば学校を例にすると、学校が学生に「卒業しました」という電子証明書を発行します。学生が就職先に応募する際にその情報を共有し、企業側は「大元の学校がサインしたものだ」と認識して情報の正しさが証明される、という仕組みです。
貫井(Penguin Studio):昔は「紙とハンコ」でしたよね。ハンコは唯一無二だから正しいと理解できた。でもデジタルはコピーできてしまう。「これは本当なの?」を証明するための電子的なハンコ、それがVCです。
山田:資格証明など公的な領域では使われ始めていますが、一般にはまだ浸透していません。最近はAdobeが受講証明書などに活用し始めているように、徐々に広がりつつあります。今回は「いかにVCを簡単に発行して管理するか」をテーマに、スタンプカードのような身近な情報をVCとして試してみることにしました。そのUIや使い勝手をどう設計するかを優先的に考え、プロジェクトを立ち上げました。
Penguin Studioを選んだ理由──実績と、概念を形にする力
──Penguin Studioにお声がけいただいた経緯を教えてください。
山田:上司がPenguin Studioの貫井さんに絶大な信頼を寄せていまして(笑)。以前からデザインやUIをお願いしてきた経緯があり、その流れでご依頼しました。デジタル学生証やお弁当の発注サービスなど、複数のプロジェクトをご一緒してきた実績があります。
貫井:自社メディアで「絶大なる信頼を得ている」と書くのはおかしい気もしますけど(笑)。
──既存の関係性以外に、Penguin Studioに依頼する決め手はありましたか。
山田:VCというのは、まだ世の中に広まっていない概念なので、説明するのがとにかく難しい。「こういうものです」と言葉で伝えても、なかなかイメージが共有できないんです。そこを、ゼロから丁寧に説明しなくても汲み取って形にしてくれるパートナーでないと、このプロジェクトは進まないと思っていました。
黒田(TOPPAN):ザクッとした説明からでも「こういう理解でいかがですか」とデザインを出してくれるので、「あ、そういうことだったのか」と私たち自身の理解が深まることもありました。要件を整理する前に、デザインを見ながら考えを固めていく、という進め方が今回のプロジェクトにはすごく合っていたと思います。
貫井:複雑な概念を扱うプロジェクトほど、言葉だけでやり取りしていると認識のズレが生まれやすいんですよね。これまでご一緒してきた積み上げがあるからこそ、「このチームなら汲み取ってもらえる」という安心感で進められた部分も大きかったと思います。
概念から始まるプロジェクト──輪郭を掴むまで

──プロジェクトに入った当初、どんな難しさがありましたか。
S(Penguin Studio):最初は正直、全体像がなかなか掴めなかったですね。VCという概念自体がまだ世の中に広まっていないので、「何を作るのか」をエンジニアと一緒に整理するところから始まりました。週次でミーティングを行い、その週の理解をもとに「こういう仮説でいかがでしょう」と提案して、判断を仰ぎながら少しずつ輪郭を掴んでいきました。
貫井:最初は、SDK(※3)をつくることすら決まっていなかったんですよ(笑)。でも他社のアプリに組み込むことを想定していたので、「だったら作りましょう」という流れになって。最初から仕様が固まっているわけじゃなく、対話しながら形にしていくプロジェクトでした。
山田:まさに「概念を発注した」ようなものでしたよね。私たちもイメージをうまく言語化できていない部分があったので、週次で見えるものを出してもらうことで「あ、そういうことか」と自分たちの理解も深まっていきました。
──輪郭が掴めてからは、スムーズに進みましたか。
S:TOPPANさんの意思決定が非常に早かったので、助かりました。選択肢をいくつか用意してご提案すると、その場でほぼ判断していただける。「持ち帰って検討します」がほとんどなかったのは、珍しい体験でした。
黒田:選択肢をたくさん用意してくださったので、「これとこれだったらこっちかな」と判断しやすかったんです。どれが正解か分からない領域だからこそ、複数の選択肢を見ながら判断できる形が合っていたと思います。
S:意思決定が速いクライアントさんと仕事をするのはやっぱり気持ちいいですよね。こちらも「じゃあ次はここを詰めよう」とテンポよく動けるので、アジャイルが本当の意味で機能していた感覚がありました。
要件より先にデザインを出す。「デザインドリブン」な進め方

──Penguin Studioの進め方で、印象に残ったことはありましたか。
黒田:通常の開発だと、最初に要件定義書やワイヤーフレームが出てきて、それをもとに「こうやります」と返ってくる流れが多いと思うんです。でもPenguin Studioさんは違って、「とりあえずデザインのイメージを作ってみました」と先に見せてくれる。それを見ることで「ここはこういう流れになるんだ」と一気に想像が膨らみます。ザクッとした説明からここまで考えてくださっているんだという驚きもありましたし、「こっちのユースケースでも使えそう」という広がりも生まれました。自分たちの中でもイメージがはっきりしていないところを形にしてくれたのは、新しい体験でした。
貫井:ワイヤーフレームだけ渡しても、なかなか完成形って想像できないじゃないですか。だから先に具体的なデザインを出して、見た目で判断してもらうようにしています。そのほうが最終アウトプットとのズレも少なくなるので。
私のスタンスは「エンジニアは頑張れ」なんですよね(笑)。もともと自分もコードを書いていたので、書きづらいものは作らないようにしていますが、エンドユーザーの使いやすさは絶対に優先したい。「できますか?」って聞くんじゃなくて、「こうあるべきですよね」って提案するスタイルです。エンジニアが頑張った分、使う人が楽になる。そこが大事だと思っているので。

──SDKの開発は、技術的にも難易度が高かったのではないですか。
S:難しかったですね。SDKはさまざまな環境や用途を考慮しなければならないので、この期間でできるのかと正直思いました。ただ、エンジニアがとても頑張ってくれて、複雑な要件を整理しながら適切な形に落とし込んでくれました。
貫井:概念を形にするという、いちばん大変な部分を誰かが使える状態にできた。それは純粋に面白い体験でしたね。
山田:指針となるものを作っていただき、本当に頼もしかったです。「本当にできるのかな」という不安はありましたが、週を追うごとに形になっていくのを見て、安心感が増していきました。
「VCの可能性をTOPPANが切り拓く」──次のフェーズへ
──プロジェクトを経て、得られた成果や今後の展望を教えてください。
黒田:繰り返しになりますが、プロジェクトの最初は私たち自身も「何をオーダーすべきか」が明確には見えていませんでした。それがPenguin Studioさんと一緒に進めることで、今自分たちに必要なものが少しずつ形になっていった感覚があります。実際にAPIを叩いて、裏側でVCをしっかり発行できる状態になりましたし、SDKも作っていただいたことでPOC(概念実証)(※4)がぐっとやりやすくなりました。「VCをこういう場面で使えるんだ」というイメージも以前より具体的に描けるようになってきています。
山田:今、我々のプロジェクトは転換期にあります。このタイミングに「こういうアプリがあって、こんな使い方ができる」と実際に見せられるものができたのは大きな一歩です。ここからさらに活用の幅を広げていきたいと思っていますし、また良いご報告ができるのではないかと思っています。
貫井:個人的には、各社が発行したVCを個人で管理できる「VP(Verifiable Presentation)(※5)」も作りたいですね。
山田: VCという概念がまだ浸透していない今だからこそ、使いやすい形を先に作っておくことに意味がある。このプロジェクトはその第一歩だと思っています。
貫井:「何を作るかわからない」という状態から一緒に形にしていく、そういうプロジェクトこそ私たちが得意とするところです。TOPPANさんとはこれからも、次のフェーズを一緒に楽しみたいと思っています。
※1 VRM(Vendor Relationship Management): 生活者個人が自身の情報を管理・運用し、企業との関係性を管理するという概念。
※2 VC(Verifiable Credentials):デジタル上で情報の真正性を証明するための電子証明書。発行者・保有者・検証者の三者間で安全に情報をやり取りできる国際標準の仕組み。
※3 SDK(Software Development Kit):特定の機能をアプリケーションに組み込むための開発ツール一式。今回はVCの発行・管理機能を他社サービスへ組み込めるよう開発された。
※4 POC(Proof of Concept):新しい技術やアイデアが実現可能かを検証するための概念実証。本格開発の前段階として行われる。
※5 VP(Verifiable Presentation):複数のVCを組み合わせて提示するための仕組み。ユーザーが自身の証明書を選択・管理し、必要な情報だけを相手に提示できる。
取材・文:Penguin Studio
